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境港・島根旅行・・其の四 [旅行]

 台風の影響で、久々の雨。夜までは曇時々晴との予報だったので洗濯したのだけれども、もうすでに降り始めた。やれやれ。

 さてさて、子供達の希望の境港へ。もちろん、鬼太郎関連で遊ぼうという。。

 米子駅で、まず、境港線のホームが分からず、右往左往。。発車は「0番ホーム」から、と書いてあるんだけど、それが見つからない。。本当に幽霊ホーム?!と思って探していたら、やっと発見。。
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 JRさん、楽しい工夫はよろしいけど、もうちょっと分かりやすく書いてくださいよ〜〜 階段を何度上り下りしたことか。。

 境港線の各駅は、もともとの駅名プラス、妖怪の名前がついています。境港駅が「鬼太郎駅」。
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 境港では、妖怪ばかりでなく、いろいろとお魚も食べたいね〜って言ってたのだけれども、鬼太郎関係でけっこう、思ったよりも時間がかかったんです。。というのも、何と「スタンプ集め」があって。。こういうのには目がないので。。全部やる!!というので、商店街(水木しげるロード)をくまなく歩くことになっちゃいました。。
 こんな感じ(ブレちゃってますが、お店の前、写真の右下あたりに、椅子のようなものが見えるかと思います)で、お店の前にスタンプが置いてあるんです。。全部で35だったか。。それにしても、このお店、いい感じです ^^
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 有名ですから、もう写真などもいらないでしょうが、道路沿いに妖怪たちの銅像が随所に。ひとつだけ、写真撮りました。私のお気に入りのベトベトさん。 ^^
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 歩いていると、着ぐるみさんたちが。。まず出会ったのは、死神。
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 優しそうな死神でした。

 次に鬼太郎発見!!ちょ〜っと大きめですけど ^^; 
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 一緒に写真を撮っている女性たちは、韓国からの観光客のようでした。境港には、韓国とロシア(ウラジオストクだったかな)からの直行便(客船みたいな)があるようで、ロシア語と韓国語が飛び交っていました。

 水木しげる記念館には、砂かけババア出現!!なかなかの演技でございました。。小さい子供達、怖がってました。
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 記念館の中は、写真撮影可のところと不可のところがあったので、あんまり撮っていませんが、古い漫画なども展示してあるし、漫画を読むこともできる読書室のようなところもあって、中にはじっくり腰を据えて読んでいるかたも。。

 お昼、どうする?で、回転寿司にしようと言っていたんだけども、生牡蠣を食べたい!!食べるなら、海産物の直売所まで行ったほうがいい、というので、歩いて行くことに。。暑かった。。
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 とにかく、ここで生牡蠣を食べました!!一昨年の鳥取では、上の子だけが食べたので、今回は全員で食べることに。お値段は一個400円。安いんじゃないかと思います。お店で食べたら、一個1000円くらいになるようですから〜 @_@; ものすごくミルキー。
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 境港の駅まで戻って、またまたスタンプの続きをやって、倉庫を改造した妖怪お化け屋敷に子供達だけで入って。。(外で待っていると、明らかにウチの子供達の悲鳴が聞こえてきました・笑)で、だいたい時間切れ。。なごりを惜しみつつ、帰路に。行きは鬼太郎列車に乗れなかったので、帰りは乗ろう!!ということで、乗りました。
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 二両編成。私たちが乗ったのは、「目玉おやじ」車両と「鬼太郎」車両でした。
目玉おやじ車両の向かい合って座る座席。
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鬼太郎車両の座席、ベンチのところ。
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 以上、島根(ちょっとだけ境港)旅行でした。。

 私としては、美保関にまで足を伸ばしたかったのだけれど、思ったよりも鬼太郎に時間を取られ、美保関は諦めました。
 旅行って、情報を集めてから出かけると、やりたかったことが出来ないのがストレスになったりするものですが、今回はちょっと遠いところに行くということもあって、情報を集めすぎたかな。。心残りが。。
 でも、相変わらず、現地のかたに聞いて動いた部分もありました。ホントは、そういうかなりアバウトな旅行が好きなんですけど、今回のように旅行シーズンではそうもいかないし、最近はホテルを予約して行かないと、ホントに宿が取れないこともあるらしいし。。なかなか難しくなってきましたね ^^;
 あ〜、ホントにフラ〜っとした旅行、してみたいなぁ〜 ^^

島根旅行・・其の二 [旅行]

 ちょっといろいろあって、間があいてしまいましたが、島根旅行記の続きです。
 二日目に出雲大社に行った、そのあと、昼食はこのあたりで出雲そば、というのも考えたのですが、日御碕あたりまで行くと、海鮮丼が食べられる、ということで、そちらを選択。(あとでわかったのですが、おやつがわりに出雲そばを食べよう、というのは、無理です、出雲そばのお店はだいたい、3時〜4時にはお店が閉まっちゃってました。またまた、ちょっと失敗。。それはともかく。。)

 バスで15分〜20分くらい、というので、バスを待ってても、なかなか時間通りにこない。15分ほど遅れて到着。その間、緑の濃い出雲大社周辺の山々をじっくり眺められました。で、バスに乗りまして。

 しばらくは市街地や浜辺を通過、特に浜辺では稲佐の浜を見られました。今回の子供の要望の一つに、「海で泳ぎたい」があったので、ここはひとつのポイント。ふむふむ、めっちゃ遠浅、人も少ない、これなら。。と目星をつけて。

 ここから徐々に岬の山越えに。結構な蛇行が続く。。しかもバスの運転手さん、かなり運転が。。荒い!!地元の人は慣れてるようで、高校生らしき女の子も平然としてましたが、いつガードレールから外にはみ出すか。。とヒヤヒヤ -_-; そこらの遊園地のジェットコースターより怖い!!バスでした。

 しかしその一方、登るにつれて、窓からの海の景色は絶句と感嘆の声が入り混じる、絶景の連続に。写真を撮る余裕がなかったのは残念でしたが、素晴らしい。

 日御碕は出雲大社から北西くらいに位置していて、その名のとおり、岬にあります。ここからの夕日は絶景だとか。ここに、日御碕神社があって、天照大神が祀られてる。ここは、日の出の伊勢に対して、日の入りの社なのだそうです。
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 お参りしてから、念願の海鮮丼のあるお店に。一人を除いて全員、ウニ丼に。
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 もともとウニ大好きの私は美味しかったのですが、家人と上の子は、「苦かった」と。。。うう〜ん。2000円超える値段でしたからね〜〜。。これはちょっと予想外。。これ以降、食事のたびに家人の機嫌が悪くなりました。。前回の鳥取旅行に似てる。。確かに、海産物が美味しいことは美味しいんだけど、値段的にはけっこうするので、ハズれたと感じた時のガッカリ感もかなりひどい。。観光客はゆったりと美味しい海産物を楽しみたいので、こういうところは、ちょっと工夫してくれたら嬉しい。。試食がある、とか。

 とにかく、昼食後、ちょっと散策。いちばんの絶景ポイントまで移動。これはやっぱり、綺麗でした。島根、海が最高です!!もし、もう一度来るなら、観光というより、海を見に来たいな。。
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 それはそうとして、食堂でもらった地図に、日御碕灯台があって、私は内心、「あっちゃ〜〜・・」と。登れない灯台であってくれ。。と思ったのですが、登れるんですよ、これが。トホホ。これを見逃す家人ではない。。とにかく、高いものには上らなくては気が済まない人なのです。お城があれば絶対に天守閣に登る(のはまあ、私も登ってみたいからいいけど)、タワーと名のつくものは、すべて登る、ヨーロッパでは、お城や教会の塔のてっぺんまで、必ず登る。。狭くて暗い螺旋階段を、何度登ったことでしょう。。教会の塔が改修工事してたら、ホッとしたものでした(笑)、、で、登ってしまいました。。日御碕灯台。。
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 登ってる最中は、怖いことは怖いけれども、何層かになってて床があるので、それほどでもなかったけど。。一番上に行ったら、そこはもう。。断崖絶壁。。しばらくしたらちょっとは慣れるかと思ったけど、無理で。。外回廊では一周歩くこともできず、カメラも持てず。。これが精一杯。出口から外を撮影。
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 その地図には、「海水浴場」記載もあり、やったラッキー!!ここなら、きっとゆっくり泳げる〜というわけで、地図どおりに進もうとすると。。その遊歩道、倒木はあるわ、クズか何かの植物が侵食してるわ。。これ、本当に普通に使われてる??と思うくらいの道。。何とか最初の海水浴場の入り口までたどり着くと、ちょうどそこから上がってきたと思われるご夫婦に遭遇。「すみません、この下、泳げます?」と聞くと、「いや、だめだめ、クラゲがいっぱいいる!!湾になってるからね〜集まってきてるみたいや〜」「あ、ホンマですか〜。。この先にもう一箇所あるみたいやけど、どうですかね〜」「そっちはわからんけど、とにかくここはやめといたほうがいい」ということで、もう一箇所に。行ってみたら、こんなところでした。
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 2時間弱、子供達はここで水遊び。クラゲもなし。ここには民宿が3軒ほどあって、海の家も設営されてましたが、客はほぼなし。子供を泳がしても、特に何の料金を請求されるわけでもなくて、ゆったりと。ただ、浜はゴミの漂着も多く、割れた瓶のかけらなどもあって、それほど整備されているとも思えませんでしたけれど、海で泳ぐのは2回目だったのもあって、子供達は満足したようです。

 この海、私も手や足にいろいろと皮膚炎があるので、15分おきくらいに水に入ってみたのですが、浜に上がってしばらく乾かすと、すぐにサラっとなって、ベタつきがない。。これは水がきれいだからでしょうね。高知の海辺で人が多いと、海から上がっても磯臭さが残ったり、妙に肌がベトベトして、とてもじゃないけど、そのまま車に乗る、なんて考えられなかった。。ここなら、平気です。

 その後、またまたバスと電車を乗り継いで、松江まで帰り(この日も温泉宿。今度は本当に本格的な。。お値段も、これまでの最高記録で -_-;)、とりあえず海水浴もしたので一風呂浴びてから、宍道湖の夕日を。。と見に行ったのですが、最後ダッシュでギリギリ。。ゆっくりゆったり、夕日を見るのは無理でした。(一応撮ったけど、いい写真、ありませ〜ん ちなみに、人影は金髪の女性でした)
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 この日、泊まった宿は小泉八雲も滞在したことあるとかの宿で、風情はありましたし、到着したときには抹茶と和菓子のお接待もあったり。。工夫はされていました。それに、「外出中に布団を敷いておいてもらえる」お宿でした。子供達、いたく感動しておりました(笑) アメニティもしっかりしてて、子供用のは別でもらえて、女性客用には浴衣と帯が選べる、という、なかなか頑張ってるお宿でした。これが宍道湖につながる川のような水路沿いの宿で、ちょうど満月の前日、部屋の窓から満月を見ながらゆったり過ごせたのは、なかなか良かったです。それでも、ちょ〜っと我々にはきついお値段でしたけどもね。。ま、「温泉、温泉〜」と子供が譲らなかったので、たまにはいいでしょう〜〜

 

島根旅行・・其の一 [旅行]

 お久しぶりです。
 先週、3泊4日で島根(と、少しだけ鳥取)に行きました。
 普段はオフシーズンを狙うのですけれども、今回は子供のクラブ活動優先で、完璧なオフとは言えない日取りに。なので、一応、宿を押さえての旅行。(1・3泊目のみ。2泊目は途中で予約することになりました。)

 初日。家を8時30分ごろ出発。鳥取(市)よりも、島根のほうがJRの本数が多い(一時間一本くらい)。しかし、時間はかかる。それでも、松江に着いてからお昼ご飯できるかな。。出雲そばくらいなら。。と、岡山駅でちょっとお寿司を買い込んで、駅弁代わりに食べて。さて、そろそろ鳥取に入るな。。という、中国山地で、雨が降り出した。間欠的に雨が降る。。「あ、また雨だね〜」なんてのんびり雲の行方を追っていたら、そろそろ米子、、というときに、「お客様に緊急連絡です」って。。何事?とおもっていたら、

 「◯◯からなんちゃらの間で、雨量計が基準値を超えたので、この列車は米子までとなります」って。。米子で降りろ、というんです!!!

 ひえ〜。。どうすればいいの?? 「米子駅で駅員が応対しますので、駅員にお訊ねください」とのアナウンス。てっきり、米子に着いたら、駅員がメガホン持ってプラットフォームで対策を教えてくれるかと思いきや、誰もいない。。うう〜ん、サービス良くなったはずのJR、イマイチな対応。。結局、駅の出口付近まで行って、増員したらしいJRの職員に直接みんなが個別に聞く、という状態。。聞いてみると、あと、1時間で列車は動く、というので、待つことに。

 確かに列車自体は一時間後に動き出したものの、特急も各駅停車となり、しかも各駅に20分くらい停車して、前の列車が発車するのを待つ、という、超・超鈍行状態に。。

 結局、松江に着いたのは、4時くらい。もう、出雲そばを食べるような時間でもなく。。タクシーを使って、そのままホテル(ビジネスホテルに温泉が付いたような。。)に。その車中で、タクシーの運転手さんに、「雨で列車が停まった」と話したら、「こんな豪雨は数年に一回、あるかないか、。。私も記憶にないくらいで」とのこと。。

 よっぽど、私たち家族の普段の素行が悪いのでしょうかね。。-_-;

 夕食付きではなかったので、いろいろ調べてここなら。。とピックアップしてたお店をいくつか見てみても、そんなに良さそうではない。。では、ネットで調べてたお店に行くか、、と少し遠いお店にタクシー使って行ってみたら、こんどはお盆をずらして休業中。。もう一度タクシーを使って戻ろうか、と言いつつ、松江城周辺を散策しつつ、歩いて戻る。。すると、運河のあたりで、カニ発見!!いっぱいいました!!後で調べると、「京町」というあたりの運河。その岸壁に、歩けば次々と動きが見られるというくらいに、たくさんのカニが!!サワガニの倍くらいはありそうなカニでした。子供も私も、「あ、あそこにも!!」「わ〜、あの岩の陰に隠れた!!」と、大騒ぎ。でも、地元の人は誰一人、いませんでした。慣れてるのでしょうね。

 で、結局、お寿司屋さんで夕食。相撲大好きの寿司職人さん(ちょっと酔っ払い気味)に、お任せで握ってもらって、楽しい夕食になりました。

 しかし、当初の予定では、この日で松江見物は終了するはずでした。念願の松江城も、この日に全部見て回るつもりでした。このツケが、のちのちスケジュールを狂わせることになりました〜〜。

 泊まったホテルはいわゆるビシネスホテル。4人を二人ずつに分けて二部屋で。子供が温泉がいい〜というので、とりあえず温泉のある宿に。。としんじ湖温泉街で取ったのですが、不評 -_-; 朝食も、バイキングでしたが印象に残らず。。まあ、清潔感はありましたし、好きな時間に温泉に入れたのは、良かったかと。。

 さて、翌日、できなかった松江めぐりを優先しようか、、とも思ったのですが、予定どおり、出雲大社に向かう。JRで45分ほどで出雲市到着、バスで出雲大社へ。
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横から見た、出雲大社。

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 本殿の奥にある、素戔嗚尊のお社に参拝した時のこと。子供に、「これは誰の神社?」と聞かれるも、私もあんまり自信がなくて、「素戔嗚尊だとおもうけど、あそこに書いてあるみたいやから、見てきて〜」と子供達を見に行かせるも、子供ら、字が読めず ^^; すると、後ろに並んでいた男性が、「そう、間違ってない、素戔嗚尊のお社」って声をかけてくださり、「ここでの一番のパワースポット」と。「あ、そうなんですか〜」と答えた次の瞬間、そのその男性、すう〜っと前に行って、千円札を賽銭箱に入れてお参りして、消えてゆきました!!地元のかたなのでしょうね、毎朝、お参りしてるのかも。。

 大社の裏側のこのあたりでは、両手を上に向けて陶然としているひともいました。信仰篤いひとがいっぱい、いるようでした。

 東北の震災の「奇跡の一本松」の枝から接木された松も育っていました。

 ここは、とっても緑が濃いな、と思いました。紫外線が多いとか、単純な理由かもしれないけれど、本当に緑がすごい!!
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奇跡の一本松も、ここでならきっと、また再生するでしょう。

小豆島最終日 [旅行]

 さて小豆島最終日。よく晴れました。残念なことに、「夕日」が有名なお宿だったので、朝日は外に出ないとダメでしたが、夜は星空がきれいでしたし、朝、起きてミニゴルフ場まで降りてゆくと(このホテルリゾートホテルでしたので、ミニゴルフ場、テニスコート、ドッグランまでありました・ワンちゃん同伴可)、朝日が山の向こうに登っているのだろうな、という薄明の中、春霞なのか海の霞か分からないぼんやりと霞んだ海と瀬戸内の島が、ゆっくりとその輪郭を現してくる、という、かなり幻想的な風景が見られました。しかもその間、いったい何羽いるのか分からないくらい、ひっきりなしにウグイスが鳴く。。前日の朝もそうでしたが、小豆島はウグイスが多いんですかね〜。。
 朝食後、すぐに土庄の街に出て、またまた迷路の家へ。。上の子がそうとう気に入ってて、「もう一回、行きたい!!」と。。そういえばこの子は、幼稚園のときも、バザーで父兄が作ったダンボールの迷路 (普通に見たら、外から丸見えの、そ〜んなに面白くもなさそうな迷路・・実際、他の子供達は1回入ったら満足してもう行かなかった)に、10回も入ったという、迷路好き。。まだ、その「しっぽ」が残ってたのね〜 ^^ またまた私が同伴、すると、受付の私と同年輩の女性が、覚えていて下さって、「2回目は200円なの〜」と、割引してくれました。覚えているのも当たり前、実は前日、迷路に興奮した上の子、預けた荷物を受け取るのを忘れてたんです!!慌てて荷物を持ってきてくれた、その女性だったのです〜 (汗) すご〜くお世話になりました A^^;) その後も、土庄の街を行ったり来たりしたので、この方には、計6回ほどもお会いしました。「もう、この街ぜんぶ分かったのと違いますか〜??」って(笑)。いい旅の思い出になりました。失敗って、そのときは大変なんだけど、後で思い出すのってこういうハプニングなんですよね。。そういう意味では、上の子はいい「働き」してくれます(..いつも..)。実は実は、その後も、この子の荷物は一度、行方不明になったのでした。。見つかりましたけどもね ^^;
 次に、晴れた日に見たいなと、前日はパスした「エンジェルロード」へ。満潮時には海になり、干潮時に島に渡れる「道」が出来る、という、まるでプチプチ・モン・サン・ミシェル。
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でも本家(?)のモン・サン・ミシェルは今は橋で繋がれてて、「自然の驚異」はなくなっちゃってるんですよね。。もったいないことです。(まあ、観光資源だと考えれば、誰でもいつでも行けるのが便利でいいんでしょうけれどもね。)

 行ってみたら、ほんの100mくらいのものでした ^^; 写真写りはすご〜く、いいです ^^ 誰が撮っても、様になるでしょう。でも、正直、「え?これだけ?」って思いました。「いや、おかしい、パンフレットによれば、もうひとつ向こうの島まで行けるはず!!」と、近くのホテルに確かめに行ったら、完全に干潮になるころには、行けるけど、その他では、真ん中の島の周りをそのまま回るのは無理がある、とのこと。。で、諦めました。ちなみに、一番向こうの大きめの島は、所有者が違うので上陸できないのだそうです。な〜るほど・・島にもやっぱり、所有者がいるのですね。
 ちょっと離れたところに突堤があって、男の子3人が釣りをしていました。「何が釣れるの?」と聞くと、「メバル」だって〜・・・すごいじゃん。。晩ご飯になるね。

 この近辺で早めの昼食をとった後、スケジュール的にはかなりギリギリながら、寒霞渓へ行くことに。

 またまたバスを乗り継いで、寒霞渓ロープウェイに乗る。
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最初のロープウェイの便に乗ろうとしたら、けっこう満杯だったので、子供達が景色を見られないだろうと思って、一本遅らせました(ロープウェイは12分間隔ですので、一本遅れても大丈夫です)。それでも、やっぱりすぐにたくさん人があつまりました。子供達は、ロープウェイの整備をしているお兄さんといろいろ話して、楽しそうでしたが。。さていざ出発すると、しだいに声もなくなり、
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周りで「うわ〜、ここで落ちたら死ぬな」とか、「どうやっても助からんな〜」とか、雑音(笑)が聞こえてくると、景色も堪能できなかったみたいで。。上に着いた直後、下の子は、「気分が悪い。。」と。。バスでもちょっと酔ったみたいだったのですが、ロープウェイがダメ押ししたようです ^^; シャーベットみたいなアイスキャンディー食べて、なんとか気分も回復。。と思ったら、お土産みている間に、この子、行方不明になり、山頂で大声出して探すはめに。。ちょっと泡を食いました。
 山頂では、「かわら投げ」というのがあって、5枚で200円か300円だったと思いますが、素焼きの円盤のようなものを投げて、せり出した岩の上にある輪っかに通すと、願いがかなう、というのがありました。特に外国からの観光客のみなさんには大好評のようで、そこここでおそらく広東語と思われる柔らかい中国語が飛び交って、失敗するとやっぱり「あ〜あ」と言ってました(笑) ウチの子達も含め、誰も輪っかに通すことはできなかったですね〜
 寒霞渓の(女性用)トイレ、すご〜く素敵でしたよ ^^ 男性は誰も行かなかったので不明。
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 寒霞渓の見晴台では、前日泊まったホテルが見えました。ブレてますが。
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 下の子の気分も治り、お土産も買って、あんまりない帰りの路線パスに間に合うように、少し早めに帰りのロープウェイに乗る。草壁港から、高松に渡り、そこからJRで帰阪しました。もうひとつ、ちょっとパスを乗り継いで姫路に出る方法もあったのですが、乗り継ぎ時間があまりなかったので、万が一乗り損ねたら。。と、安全策を取りまして。。結局、どちらが良かったのかは不明です。

 ただ、下の子が特に、でしたが、私もこのスケジュールはちょっときつかった。。下の子はこのあとJRで爆睡、岡山駅で新幹線に乗り継ぐのに難儀しました(笑)。私は翌日、ダウン。(やっぱり、若い子のほうが、疲れはすぐに出やすくて、後を引かないんでしょうね・笑)

 車がない場合、小豆島はちょっとノンビリペースで旅行するほうがよさそうです。バスはかなりの頻度で運行されているものの、やっぱり本数が少ないし、食事する場所も限られています。昼もかなり食事場所が限定されますけれど、夜はもっと限定されそう。。土庄の街中に宿を取れば別だと思いますが。。

 今回の旅でビックリしたこと。外国人が多い!!小豆島は中国系の団体旅行が多い中、英語を喋っている中年の男性二人旅もいました。でもいちばんビックリしたのは、高知への往復の途中の、大歩危駅。そんなに便もよくないこの駅に、特にヨーロッパ系と思われるバックパッカーがいっぱい降りていく。。これは初めてのことでした。今、大歩危が熱いようです ^^ 日本がブームになってて、特に京都や東京でなく、日本の地方が外国人旅行者にウケている、とは、テレビでもやってましたが、まさか大歩危とは。。でも確かに、ある程度治安も良くて、食事もそんなに苦労せずにできて、しかも秘境っぽいんだから、私も外国人で日本に行くとなったら、行くかもな〜〜。次の春、高知にいくなら、大歩危途中下車、を考えよう(笑)

 以上、今年の我が家の春旅行でした。

小豆島2日目の後半 [旅行]

 前回、載せなかったのですが、醤の郷めぐりの間に見せていただいた「オリーブリーゼント」だとかいう芸術作品。子供には大ウケでした。
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口のようなところにミカンがありますが、これは小豆島にも八十八ケ所巡りがあるらしく、そのお遍路さんのお接待に、ここに何かしら置くようになったのだそうです。

 醤の郷めぐりの間も、一時、雨がかなり強くなったので、これは今日は寒霞渓は無理だろう、ということで、屋内で過ごせる映画村でしばらく様子を見よう、と思い、バスで映画村に。ここは、例の二十四の瞳の撮影時に使用したものがある程度残っているとのことです。しかし、いちばん最初の映画のものは、残っていないような。。リバイバル版の映画村だったようです(私はてっきり、最初の映画のだと思ってました ^^;)。ここでもやっぱり、雨。村の中に、映画館があり、そこで高峰秀子さん主演の最初の映画が上映されていました。それを1時間ほど見ました。映画村に来て、こんなに長く映画を見ている人はいないだろうな〜(笑) その中で、あのマルキン醤油の塀が映ってて、「あ、あのお醤油の〜、あそこ!!」と言うと、子供たちもわかったみたいでした。

 実は、醤の郷案内人(実はホテル相談役)さん、この映画に出てるのだそうです!!子供の頃、舞台となった分校の本校に通っていて、何人かエキストラで選ばれたそうで、その中に入っていたのだとか!!「だから、映画村に行くと、あ、これ僕や、ていう写真があるんですよ〜。(下の子に)おっちゃん、映画にも出てる有名人なんやで(笑)」と。そしてついでに話してくれたことには、俳優の石倉三郎さんと同級生なのだそうです。あの俳優さんが小豆島の出身とは知りませんでした。今は、小豆島の観光大使をなさっているそうで、帰郷の際には、このホテルに泊まることもあるそうです ^^

 映画をゆっくり見たおかげで、雨も上がり、映画村を一回りして昼食をとってから土庄に向かおうか、ということで、まずは映画のセットであった小学校へ。すると、投光器の下に懐かしいものが・・!!な〜んと、ゴミ箱!!
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これ、懐かしかった〜!!中学校でもこのゴミ箱で、3階から焼却炉まで持っていかなくてはならなかった時など、重くて重くて。。二人掛かりで運んだものでした〜。あと、足踏みオルガンもあって。。小学校では、各教室にこれがあったな〜。

 超超、余談なれど。。2年生の時、男の教頭先生が担任になって、私たちみんなビックリしたんです。その先生はとっても怖い先生!!で、5年生か6年生の担任になる、と思っていたから。思った通り、普段はかなり厳しい先生で、みんなよく言うことを聞いていました。ところがある日、そろそろ帰ろうかな、と、教室にカバンを取りに戻ったら、先生がオルガンの練習をしていて。「先生、何しゆうが〜?」「先生なぁ、今まで5年とか6年やったから、音楽の授業だけは別の先生にお願いしてやってもらいよったがよ。けんど、2年やったら、先生が音楽もやらないかんき、いま練習しゆうが。」そこで、ピアノを習ってる女の子(の中に、私も混じってました)が数人で先生に教えたりして。。それから、折にふれて、先生と生徒が逆転した放課後がありました。あの柔らかい音と一緒に、あの怖かった男先生が、思いもかけず従順な(笑)生徒だと知ってびっくりしながら楽しく過ごした放課後、懐かしく思い出しました。私が10歳、先生は、もうそろそろ定年で、親によれば、「校長になりたかったら、低学年も教えにゃいかんのやろう」とか(笑)。でも、確かその翌年には、ウチの小学校の校長先生になりましたね。今、ご存命なら、もう90歳くらいでしょうか。。

 さて、映画村で昼食、と思って、食べられるお店に入った瞬間、みんなそう思ったのでしょう、一気にドォッとお客さんが入ってきて。。バスまでの時間を考えると、ちょっと無理そうに。。仕方ない、ちょっとご飯は我慢しよう、と、バスの時間を優先。そのバス停には、面白い待合がありました。
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 これ、醤油の醸造用の樽を再利用したものですね。径2m、ですので、大人でもゆうに横に寝っ転がれます。子供達はここに寝っ転がってました。そして、バスを乗り継いで土庄へ。そこで昼食、と思ったのですが、目指したうどん屋さん、臨時休業!!近隣を探すも、どの店も2時まで、とかで、開いてるお店がない!!なんと、ラーメン屋さんに至るまで、2時には閉まる!!しかし、そのラーメン屋さんで、「どこかに開いてる店、ないですか?」と聞くと、「ここらではマルナカさんのあたりの店しか開いてない」とのこと。「おなかすいた〜」と言う子供をなだめつつ歩くが、「マルナカ」が見つからない。私も、「もう、諦めようよ。。」と言ったその数分後、マルナカ発見! 近くにあった中華料理屋さんに飛び込む!!「いいですか??」「はい、いいですよ〜」瞬間、全員に「よかった〜〜」の安堵が。。
 店内に入って、注文。料理を待っている間に、家人が、「あ、灯が消えた」と。入り口の提灯の明かりが消されたのでした。「ひぇ〜、間一髪やったね〜」と。小豆島では、昼食時間を守りましょう(笑) ちなみにここのラーメン、掛け値なしに美味しかった。お腹が空いてなくても、美味しかったと思います。店員さん(おそらく、店主でしょう、この人しか見かけなかったもの)は、喋り方からしても明らかに中国系(メニューからすると、台湾・広東あたりかな?)の方でした。中国系で小豆島。。時間があれば、どういう経緯か、聞いてみたかったかも。。

 その後、ちょっとマルナカでお買い物して、土庄の町歩き。土庄の街は、一部が古い作りのままになっていて、迷路のように入り組んでいる。これは、外敵の侵入を許さないために考え出された街並みなのだそう。いま、「迷路のまち」としていろいろイベントやってるようです。その一角にある「タバコ屋」さんで、実は昼食前に呼び止められていた。そのタバコ屋さん、もう廃業してて、中は「迷路」に作り変えられている、とのこと。特に上の子が興味があるみたいだったので、昼食後、そこへ。すると、これが、なかなか面白かった。大人300円で子供は無料(でも、子供だけの入場は不可)。姉妹の迷路がもう一箇所あって、そこもこの300円で入れる、とのことで、そちらにも行く。ただしどちらも、撮影不可でしたので、写真はなし。面白かったですよ〜。

 その後、ギネスブックにも認められている世界で一番狭い海峡に。
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この写真の下の方に、
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ね?ギネスブック認定 ^^ で、実際、川ですよ、これは。淀川より狭いよ?
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 さて、ここで次のホテルに行くのにバスにしようか、タクシー呼ぼうか、と迷っていると、「また会いましたね〜」という声が。な、な、なんと、醤の郷の案内人さん(某ホテル相談役さん)!!「いや〜、この子(下の子のこと)が見えましてね、私も土庄港にお客さんを迎えに来てて〜」と。送迎バスの運転をなさっていたのです。再会に驚きつつ、いろいろ話をしていると、今夜の宿の話に。私は内心、ちょっと気まずかったので、あまり多くを言うまい、と思っていたら、さすがはホテルマン、察したのか、「ホテルはどこですか」と直裁に ^^; 「◯◯ホテルです」「もうタクシーは呼んだんですか?」「いえ、まだですけど。。」「◯◯ホテルなら、土庄港に1時間おきくらいに迎えのバスが来てると思いますよ」「いえ、でも、バスの予約もしていないので。。」「たぶん、大丈夫ですよ、もしよかったら、土庄港までウチのバスでお連れしますよ」「!!!えっ!!いいんですか??」で、結局、土庄港まで乗せてもらったのでした。。そして土庄港には、その夜泊まるホテルの送迎バスが確かに来ていて、「実はこうこうで・・」と、説明までしてくださいました。私たちは、そのバスに乗って、悠々、ホテルに到着できたのでした。。なんというか。。なんとも言えない。。小豆島って、あったかいわ〜〜

 着いたホテル、客室にビックリ!!なんと、セミダブルくらいありそうなベッドが4つも。。洋室とはわかっていたけれど、子供二人だったので、てっきりセミダブル2つくらいかな〜と。。だから、すごく広いお部屋でした。こんなに広いお部屋は初めてかも。。でも、上の子、翌朝に言うことには、「3回も落ちた。。ベッドは苦手や。。よう寝れんかった。。」だって〜(笑) 「たんこぶできた。痛いわ」((爆)) 私は逆。久々に、本当にゆっくり寝られました。
 次で小豆島終わりです。ちなみに、明日は中学校入学式です ^^


 

小豆島2日目の前半^^ 醤の郷 [旅行]

 で、二日目。前日、ホテルの無料オプションである、朝からの「醤の郷めぐり」に申し込んでおいた。1時間ほどの行程で、醤油の工場めぐりに連れて行ってもらえる、という。だが、「雨天の場合は中止」とあったので、無理かな〜と思っていた。しかし、実施されたので、ラッキー!!と、受付に行くと、申し込んだのが我々家族のみだったようで ^^;それで実施してくれたのかもしれません。

 ボランティアさんが案内してくれて、「今日は雨なので、普段ならお散歩するところですが、車で移動しますね〜」とのことで、腰が痛い家人にはかえってラッキーな(笑)状況でした。
 まず最初に、今現在、最も勢力があるという、マルキン醤油(前日に壁のあたりを散策した、あの醤油工場)に行きました。が。。その行き方が我々とは違っていました。近くの小高い丘の上に登って行ったのです。「なんでこの道?」と思っていたら、案内役さん、「工場全体が見える場所にお連れしまた」とのこと。これが。。びっくり!!こんなに大きいのか!!と。
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 右が醸造の蔵、道をはさんで左、醤油を絞る工場、その先が輸送用の倉庫になっているとのこと。小豆島は昔から、船便で醤油を「輸出」していたので、海側が輸送用なんです。写真では、広大さがいまひとつ、ですが、眼下に広がる黒い屋根は圧巻!
 そこから降りて、次に、上の写真では右下隅あたりに案内していただきました。ここは、マルキン醤油さんと交渉して、観光用に醤油製造工場の一部をガラス張りにしてくれている場所。
(ここのすぐそばまで前日に歩いてましたが、この場所はわからなかった。やっぱり、案内人さんがいないと無理かも。でも、私たちがそう言ったら「マルキンさんにもっと宣伝するよう、言います」とのことでしたから、これからは、分かりやすくなるかも・笑)
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 ガラスの奥に、延々と続く醤油樽が見えます。この棟だけで4×25の100樽があるそうで。樽ひとつが、径2m×高さ2m強、一升瓶にして3000本になるとか。そして、これは知られているとは思いますが、醤油蔵の屋根についた酵母が大事なので、ここは洗ったり掃除したりしない。この蔵もそうですが、温度管理も自然の風だけを利用しているので、暑くなりすぎたら窓を開ける。すると、そこから酵母が漏れる。それが風雨にさらされると、黒くなる。それを繰り返しているうちに、屋根まで黒くなる。だから先ほどの屋根も黒くなっている。ちなみにこの工場は明治41年に作られたそうです。私の祖父の生まれ年だったので、感慨深かった。。おまけに、工場の中庭の木も黒くなっている、とのことで、後で見せていただきました。確かに、幹が真っ黒でした(笑)
 そのあと、別の醸造蔵にも連れて行っていただきました。そこは、普通の天然醸造ではなく、2年以上かけて醸造するという、特別の蔵。ここの樽の表面は、もう、焦げ茶色になっていました。
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絞る直前の表面のもろみを少し、味見させていただきました。我々は、「い、いいんですか??」とコワゴワでしたが、案内人さんは、「いいの、いいの〜」と。。(笑)そう言いつつ、「でも、秘密よ〜」って((爆)) ほとんどお味噌のような味でしたよ。(ここに写真のせていいのかな〜・笑)

 最後にもう一箇所、蔵に案内していただいて、そこでは、絞ったあとの「かす」を食べさせてもらいました。ここでも我々は、「い、いいんですか〜?」だったのですが、案内人さん、「いいの、いいの〜。醤油作りのひとはみんな優しいから」って(笑) この搾り滓、以前は捨てていたのだけれど、今は、これをトマト栽培の肥料として使っていて、あと1〜2年で出荷できそうだとのことです。糖度が普通より3度ほど高い、甘いトマトなのだそうです。今、熊本あたりで売り出されている塩トマトのようになるのでしょうね。塩分がかなり残っていましたから。楽しみです。
ここでは、新しく作った樽に、今年初めて仕込んだばかりの醤油もありました。
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 この醤油樽、堺の職人さんが作っているとか。でも、もうその人も廃業するかもしれないというので、急遽、作ったそうです。「これを作った醸造家さんは、これからの世代のために作ったんですよ」と。樽を作る職人さんは、もうほかにいないんだそうです。こういうのこそ、支えなくてはいけないよ、日本の国は。そんなに費用のかかることではないでしょうに。(あの国立競技場作るくらいなら、こっちにお金を回して欲しい〜〜)
 そのほか、いくつか写真も撮りましたが、「秘密」みたいだったので、非公開(といいつつ、いくつかのせちゃいましたけどね・笑)

 さて、案内人さんの「いいのいいの〜」の理由は、その後すぐ、ホテルへの帰り道に判明。じつは、この案内人さん自身が、かつては醤油作りをしていたお家の出だったのです。その後、醤油作りをやめてしまったそうですが、そういう関係で、醤油作りの人々をよく知っていらしたのでしょう。道道、「ここは◯◯醤油の社長のお宅だった」とか、いろいろと教えていただきました。だいたい、そういう社長宅は、ものすごく大きくて、母屋の他に離れがあり、納屋がある、という、大邸宅だとか。確かに、大きいお家がいっぱいありました。でも、ちょっと前までは、ステンレスタンクでコンピュータで温度管理する大量生産の醤油に押されて、小豆島の醤油は衰退していたとか。今は、「本物志向」で盛り返しているそうです!

 小豆島で醤油が生産され、なおかつそれが隆盛となった理由。
一。塩が豊富にあった。赤穂でもわかるように、瀬戸内は雨が少なく、塩の生産に向いていた。
二。水があった。瀬戸内の島では珍しく、岩盤質の山があったので、良質な水が豊富にあった。
三。大阪・京都という、販路があった。今でも、京都・大阪の料亭は、ここの醤油を使っているところが多いとか。

 ただし、原料の小麦・大豆が足りなかったので、それは九州から買い入れていたそうです。瀬戸内の海上交通が、ここにもあったのですね。しかも、行きは醤油や塩を持って行って売り、原料となる小麦・大豆を買い付けていたようで、無駄がない ^^

 ホテルに帰って、預けた荷物を持って、ホテルの目の前のバス停で映画村行きのバスを待っていたら、案内人さんがまたまたホテルから出てきて、「映画村に行くんですか?」と声をかけてくださり、結局、バスが来るまでおしゃべりしてくれました。その時は、案内人してくれていた時の法被姿とちがって、スーツを着ていらして、下の子、「うわ〜、かっこいい〜、めっちゃ似合う〜」と、大絶賛(笑) 「そんなに褒められたら、これ、あげようかな〜」と、名刺をくださいましたが、それがオリーブを模したゆるキャラの形の名刺。そこには。。「◯◯ホテル総支配人」との肩書きが!! えっっ?! 「総支配人なんですか?!」「いやいや、それは前の名刺です、今は違いますよ〜」訳の分かっていない下の子は、「それにしても、ほんとにその服、かっこいい〜!!」「そんなに褒められたら、もうひとつ、こっちはあんまりかわいくないけど、あげよう」と、今の名刺もくださいまして(笑) 今は、「相談役」だそうで。下の子、「相談するひと〜?」って(笑) 「ママ、そうしにん(総支配人が覚えられなかったらしい・笑)って、何するひと〜?」「一番偉いひと」「。。。。えっ・・えーっ??!」((爆)) ホテルの話になったとき、ホテル屋上を指差して、「あそこはまだ前の名前なんです」確かに、そこには、今のホテルとは違う名前がありました。どういう事情かまでは聞きませんでしたけれど、何か事情があったのでしょうね。私たちクラスが泊まるホテルとしては、なかなかいいホテルでした。でも何より、この「醤の郷めぐり」がいちばんよかった!!これは、本音です。
 バスが来て、心から「ありがとうございました」。一期一会、と思っていたら、実は後日談が。。(つづく)

小豆島へ(1日目) [旅行]

 春恒例の旅行。今年も高知に行ったあと、ちょっと足を伸ばして、どこかへ。。広島の宮島かな〜。。でも上の子が広島には行ったばかり。(宮島には行ってないけど。)で、小豆島へ。一泊の予定で。

 高知から高松へ列車移動、丸亀で乗り換えて、初めての路線、初めての香川県。丸亀の駅から丸亀城をパチリ。でも、去年もそうだったけれど、春は大気汚染が。。この日はPM2.5が基準値をちょっとだけ下回るくらいの最悪の日。何もかも霞んでいました。丸亀城も霞んでます。
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 去年、鞆の浦で少しだけ渡し船みたいな船に乗ったけれど、大きい船に乗るのは初めて。酔わないかな?酔いませんでした。凪でした。子供も楽しんだようです。分かりにくいかな。。船から屋島を見たところです。
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 余談。子供の頃は瀬戸大橋はなく、本州に渡るには宇高連絡船に乗ったものでした。これが、少々のことでは欠航にはならず、立っていられないくらい揺れることもありましたが、今回、小豆島の人に伺ったところによると、今でも、台風が直撃したりしない限り、甲板に大波がかぶるような時でも、めったに欠航しないんだそうです!!強いなぁ〜島の人は。

 到着後すぐ、土庄港から少し足をのばして土庄の本町あたりをぶらつこうと思っていたのだけれど、朝、ちょっとゆっくり高知を発ったので、小豆島に上陸したのはもう昼を回ってました。で、翌日、また土庄に帰った時に町歩きをしよう、ということで、「小豆島といえばオリーブでしょう」と、オリーブ園に。確かにすごい広さのオリーブ園なれど、子供はほとんどオリーブには見向きもせず(まあ、ただの葉っぱですからねぇ、この時期は ^^;)、オリーブソフトクリームをちょっと食べた(言うては何ですが、そ〜んなに美味しいとは言えず・笑、子供達もあまり食べませんでした)くらいで、あとは、ギリシャ風の風車が立つ芝生の丘で転げ回って遊んだ。。だけ。。
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その丘に、昭和天皇が「タネを蒔いた」オリーブが、大きく育っていました。
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 オリーブ園を見たあとは、バスに乗ってそのままホテルへ。このホテル、お醤油を作っている工場というか、醸造?している建物が林立しているあたり(醤(ひしお)の郷という名前で観光名所になってます)に位置していて、ほんの少し歩いたら「マルキン醤油」の工場がある。記念館もあるということで、見に行ったが、すでに閉館。まあ、明日出直そう、ということにして、今度は「醤油ソフトクリーム(これはまあ、普通のソフトクリームっぽい)」と「もろみソフト(なんとなく、チーズケーキみたいな味でした)」を食べたあと、しばらくマルキン醤油の工場の壁を見ながら散歩。見てわかる通り、巨大な木造建築物です!!後で分かったんだけれど、この道がまさしく、映画「二十四の瞳」で自転車をこぎながら大石先生が通って行ったところでした!!
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 さて、ホテルに戻ってテレビをつけて、「え?!」なんと、大阪を出る時は、1週間晴れマークだったのに、明日は雨の予報!!うわ〜。。最悪。。「でも、シトシトくらいの小雨かも。。」と希望的観測をするものの、大きな荷物をかかえて移動するのは大変そう。。「寒霞渓はあきらめようか」「映画村も止めるか」「町歩きはいいとしても、エンジェルロードを傘さして見にいくの??」「うう〜ん・・・」。。最初の計画では、小豆島1泊で帰るか、もしくは他のどこかに移動してもう一泊しよう、ということだったのだけれど、結局、小豆島で2泊しようか。。ということに。連泊も考えたけれど、他の観光地の場所からは離れすぎているので、翌朝はやく、別の宿に予約を入れました。

 それにしても、小豆島は海に囲まれていて海ももちろん素晴らしいけれど、振り向くと常に峨峨とした山がそびえています。この醤油工場の後ろの山もそうですが、島とは思えない景色。チロチロと緑色はあるものの、基本、猛々しいような迫力ある岩山。写真では、その迫力が出ない。なかなか凄みのある山です。「小さい木の生えたグランドキャニオンみたいやね〜」「ママ、グランドキャニオン行ったことあるの?!」「・・ないけど。。」

(つづく)

 

松山見物記 [旅行]

yuzuki.jpg 道後に一泊した翌朝、本館で温泉に浸かる前、ちょっと腹ごなしの散歩。近くの「湯築城址」に行く。ここは秀吉に滅ぼされた「河野氏」の居城だったとか。(←湯築城のペーパークラフトを貰ったので、あとで帰宅して作ってみました)もうほとんど跡は残っていないが、武家屋敷などが再現されつつある。資料館で子供用のビデオを見てお勉強。ビデオを勧めてくれた、(たぶんボランティアの)ガイドさんの話。

 松山は空襲で焼け野原になった。だがアメリカ軍も、自分が使えそうなものは爆撃しなかったから、松山城と県庁、それに、その2つの近くにあった萬翠荘は残った。それと、道後の温泉も爆撃されなかった。・・という。だから、道後温泉本館も明治のままで残っているのだと。

 そのときうっかりしていたが、お見かけした感じでは、この空襲を、そして焼け野原になった松山を記憶しておられるのではないか、と思う。恥ずかしながら、松山も空襲で壊滅していたとは知らなかった。高知のことは折につけ聞いていたが。

 「ところで、その、バン・・なんとかって、何ですか?」「ああ、異人館みたいな洋風の建物なんですが、キレイですよ〜」「どこにあるんですか?」場所を聞いて行ってみた。

萬翠荘・坊ちゃん列車・伊佐爾波神社・イタリア軒


道後温泉 [旅行]

 松山といえば道後温泉。宿は道後温泉に。松山に着いた直後に観光案内所で探してもらった。案内所のお姉さん曰く、「道後はちょっと高いですからね~・・・」と。下調べ不足で分かってなかったのだが、道後と松山市中心部は市街電車で10分ほど。だから、松山市内に泊まってもよかったのである!しかしまあ、道後なら一応、温泉もついている、ということで。何とも古めかしいお宿であったが、宇和島で泊まったビジネスホテルの和室(六畳だった・笑)よりはずっと広かった(12畳)し、 温泉に入れるというので、子供は喜んだ。dogohon.jpg部屋のトイレは和式、しかも古き良き昭和の香りのする、小さいタイル張りの壁。でもさすがに道後、お風呂はまずまずの広さ。家人は喜んでくれたので、まあ、よし。同宿は広島のとある大学の、「剣道部」の学生さんたちだった。上の子は、はじめて剣道の胴着とかを間近で見て、嬉しそうだった(笑)。

 宿は、道後温泉本館のすぐ近く。歩いて五分もかからない。本館は明治27年の建物だそうだ。雰囲気が何とも言えずよい。この建物は、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』の舞台、「ゆや」のモデルだと言われる。最初見た時は、「ふううん、確かにこんな感じだったかな・・・」と思ったが、夜、ぼんぼりに灯が入ると、俄然、独特の雰囲気が。。dogohonkanyoru.jpg

 その本館を眺めつつ、夕食のお店を探すも、ほとんど満席の状態。唯一、席が空いていたのが寿司屋さん。「また魚やけど、いい?」「う〜ん、お寿司やったら、ええよ」ということで、入る。入ってしばらくすると、隣の席に外国の方々が。「フランス語や。」しばらくすると、その人たちの連れと思われるフランス人が続々と入ってきて、店内はフランス語のほうが多くなった。ツアーだったのか、それとも楽団とかだったのか・・不思議な夕食風景になった。「太刀魚の刺身」がものすごく美味しかった。yakeidogo.jpg

 「本館」も宿だと思っていた。違う。源泉の「温泉」そのもの。大人ひとり400円で入ることが出来る。システムもほぼ普通の銭湯。夕刻、はいろうとしたが、あまりの人の多さに断念。結局、朝風呂になった。タオルがないなら、30円で貸してくれる。30分ほどであったが、ゆっくりお湯につかった。ここに坊ちゃんが泳いだ浴槽があるはずだ。だが、後で聞くと、男湯はそんなに大きい浴槽ではなかった、と。「坊ちゃん、こんなとこで泳いだんか?!無理やろ~。十人も入ったら、満杯、って感じの風呂やったよ?」とは、家人の弁。どうなんだろうか。女風呂はかなり広かったのであるが。

 なお、あと400円出すと、浴衣を貸してくれて、茶菓の接待が二階で受けられる。「そんなん、いらん」と家人が言うし、チビちゃんもまだ小さいので、いいだろう、と。ところが、帰ってきて2日、旅行の記録をまとめていたらしい家人、道後本館のパンフ見ながら、「え?!あと400円出したら、お団子とか食べられたん?!知らんかった~。これ、やってもよかったね〜」ですと(笑)

 私たちは朝の九時過ぎに入ったのであるが、その時間帯は地元の人々も入り終わって一段落していて、空いていた。家人らを待ちながら見ていると、バックパッカーのような人たちが、「入れるんですか?」と、入って行く。400円というのはありがたい料金。普通の銭湯と変わらないもの。朝風呂に入ってから松山市街見物したのであるが、昼ご飯頃までは体がポカポカ。やっぱり、温泉って違う〜!「温泉びいき」になっちゃいました。

 松山見物、あと一回です。

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